2ch 心理学板 キャラクター性格診断スレ のまとめWikiです。 アニメや漫画、小説などの登場人物の性格について台詞や行動をもとに性格診断し、予想を書き出していくスレです。キャラクターの性格と人間関係を考察したり、創作論に役立てることを目的としています。

※以下の内容はMBTIの源流であるC.G.ユングらの理論を参考にした一考察です。
診断の際の参考として各人の判断でご利用ください。(記事作成者より)

このページのまとめ

・日常語の「感情」とMBTI用語としての「感情」とでは意味が異なる
・心理機能としての「感情」は能動的な合理的機能である
・「感情」は本質的には情動や感傷ではなく価値付けに従事する機能である
・たとえば、感情タイプの人々が皆「感傷的」、「感情豊か」、または「優しい」人物であるとは限らない

このページで言っていることの具体例

ひとことで言えば、感情機能とは「知覚した内容に価値を基準とした優先順位をつける機能」であり、思考機能とは「知覚した内容に論理を基準とした優先順位をつける機能」である。

たしかに、感情タイプのキャラクターは全体として「優しく」「感情豊か」で、思考タイプのキャラクターは「冷静で」「他人の感情を気にしない」傾向があるかもしれない。しかし、本当に「優しい」「感情豊か」という理由だけでそのキャラクターを感情タイプに分類したり、「冷静」というだけで思考タイプと簡単に判断してしまうことはいつも正しいと言えるのだろうか?

例えば、このサイトでESTJと診断された新世紀エヴァンゲリオンのアスカについて考えてみよう。アスカはエヴァの登場人物の中ではかなり明るい性格で、上機嫌になったと思えば落ち込んだりと、物語のほぼ全編にわたって感情的な落差の激しさが見て取れる。しかし、ではなぜ彼女はそうした感情の激しさや感情表現の豊富さにもかかわらず感情タイプではなく思考タイプとして診断されたのだろうか。

それは感情機能の本質が「感情の激しさ」や「感情表現の豊富さ」ではなく、「価値による判断」にあるからである。実際よく観察してみると、普段のアスカの行動基準ははっきりと目に見える外的事実を根拠にした論理的判断であり、自分や集団の価値観ではないことがわかる。したがって、彼女は感情機能よりも思考機能が優勢のタイプだと考えられるのである。

このように、「感情的だからF型」とか「つっけんどんだからT型」というのは必ずしもいつも当てはまるわけではなく、MBTIにおける上記の「感情」や「思考」といった言葉の意味をよく考えた上でそれぞれのキャラクターに当てはめ、診断することが望ましいのである。

日常語の「感情」とMBTIにおける「感情」の違い

1.MBTI(またはユング派)用語としての「感情」
「感情」という言葉は日常的な文脈ではきわめて多義的であり、感情(feeling)、情動(emotion)、気分(mood)、情操・感傷(sentiment)などの複数の意味がしばしば混同されたままに用いられている。そのため、MBTIをよく知らない人が「感情タイプ」と聞くと、「感傷的で、涙もろい人」とか「非合理的で、優柔不断な人」といった人物像を三者三様に思い描くかもしれない。しかし、日常語としての「感情」が持つそのような多義性にもかかわらず、MBTI(およびその基盤であるユング派の類型論)用語としての「感情(Feeling)」は一般的な他の「感情」とは厳密に区別される。

2.合理的機能としての「思考」と「感情」
広く抱かれている信念とは裏腹に、MBTIやユング派の類型論は「感情」*1判断のための合理的な心理機能として定義する。ユングによるとこの「合理的(rational)」という概念は「理性的」という意味で用いられる。彼の言う「理性」とは人類史の中で膨大な年月を経て作り上げられてきた客観的価値にしたがって思考、感情、および行動を形成する原理による態度である。

反対に、知覚機能(感覚と直観)を形容する「非合理的(irrational)」とは「理性外的」という意味である。「思考」や「感情」が理性法則による事象の合理的説明を試みるのに対して、感覚や直観は事象のもつ非合理性を排除せずにその全体を完全に知覚しようとする。*2言い換えれば、理性法則による事象の方向付けを行うという点で「思考」と「感情」は共通して合理的機能と呼ばれるのである。

さらに、ユングは思考と「感情」はともに合理的機能として志向的でなければならないと考えた。例えば、概念の単純な連想はいわば直観的思考とでも呼ぶべき受動的な思考であり、志向性を持たない(つまり、非合理的である)のでユング/MBTI的な意味での「思考」のカテゴリーには属さない。同様に、単に「激怒している」とか「落ち込んでいる」というような感情はいわば方向を持たない受動的な状態としての感情であり、意志を伴った行動である「感情」とは異なる。「感情」(そして「思考」)の働きはあくまでも理性が事象に働きかける能動的な活動でなければならないのである。

3.「思考」と「感情」の相違点
「思考」が知覚によって与えられた内容に概念的な繋がりを与えるのに対して、「感情」はその内容に一定の価値を付与する機能である。この価値付けはある意識内容を「受容するか、拒否するか」という意味での価値付けであり、この点で知性(知的概念能力)に従う「思考」の働きとは異なる。思考が概念のもとに意識内容を秩序付けるとすれば、感情は価値にしたがって意識内容を秩序付けるのである。

「感情」タイプにおいて「思考」機能は抑圧されているが、当然「感情」タイプがまったく何も考えないというわけではないし、場合によってはきわめて賢明に考えることができる。ただし、「感情」タイプの「思考」は思考そのもののためにあるわけではなく、「思考」による論理が「感情」の価値判断に適合しない結論を導く場合には抑圧される。この点で「感情」タイプの「思考」は「思考」タイプのそれ自体が独立性をもつ「思考」とは異なるのである。*3

4.キャラクター診断への応用
最後に、以上の観点からキャラクターの診断についてどのようなことが言えるだろうか。

MBTIを使って診断する以上、日常的な意味での感情の概念はいったん度外視して考える必要がある。その上でMBTIにおける「感情」の本質的な意味を吟味しつつ、自分が診断したい作品のキャラクターに当てはめていかなければならないだろう。

例えば、単に「優しいから」とか「感情的になりやすいから」という理由だけでそのキャラクターをF型だと判断すると、場合によっては診断を間違えてしまうかもしれない。なぜなら、感情とは上に述べたようにあくまでも「主体が知覚した内容に価値を付与しようとする」働きであって、必ずしも「主体自身に『優しさ』や『情緒的な過敏さ』といった性質を付与する」ものではないからである。*4

裏返して言えば、あるキャラクターが他の(優しさや過敏さのような)要素にかかわらず「知性による秩序付け/判断」よりも「価値による秩序付け/判断」を強く意識する傾向を持っていると考えられる場合には、そのキャラが実際にF型に当てはまる公算は大きいと言えるだろう。

キャラクターの診断でもTかFかで人によって意見が割れることが少なくない。もちろん様々な視点から意見が提供されることは診断において基本的に有益なことだが、ときには前提に遡ってその妥当性を考えてみることもすれ違いを避け興味深い議論を展開するための助けになってくれるだろう。

【参考】
『心理学的類型供戞C.G.ユング[著]、林道義[訳])
『ユングのタイプ論』(M-L.フォン・フランツら[著]、角野善宏[監訳])
『MBTIへの招待』(ロジャー.R.ペアマンら[著]、園田由紀[訳])

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