アニメや漫画、小説などの登場人物の性格について台詞や行動をもとに性格診断し、予想を書き出してまとめるwikiです。キャラクターの性格と人間関係を考察したり、創作論に役立てることを目的としています。
最終更新: hokkekun 2026年06月28日(日) 22:23:52履歴
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猗窩座はISTPのままでいいと思うけどな。猗窩座にFi的な感情があるというのはまあ分かるが、だからといってFi主機能かといわれると違うと思う。ISFPって意見はISFJ説とかに比べると理解は出来る。実際、猗窩座は父親や師範、恋雪への愛情も強いし、炭治郎に図星を突かれて感情的にもなってる。ただ、重視したいのは感情の強さじゃなくて処理の仕方。例えば恋雪に「どうして強くなりたいのですか?」と聞かれた時、猗窩座は「親父を助けたいから」とかじゃなくて「強くなければ持って帰って来られないからだ。親父に薬を」と答えてる。ここで考えてるのは感情そのものじゃなくて、親父が病気→薬が必要→薬を持って帰らなきゃいけない→そのためには強さが必要っていう問題解決の流れ。回想全体もそんな感じで、父親への愛情→薬を持ち帰る恋雪への愛情→強くなって一生守るみたいに感情がまず行動に変換される。看病の場面でも、狛治は「一番苦しいのは本人のはずなのに」と病人への共感を示している。でも恋雪が泣くと「病床で気が滅入っているのだろうか。泣かれるとどうにも居心地悪くなる」とまず原因を考えている。病気や看病といった具体的問題には自然に対応できる一方で、感情表現そのものには戸惑いを見せる。「鬼子だ」と罵られた時も、「違う」と自己弁護するのではなく、「何とでも言ってろ」「そうだ俺は鬼子だ」と割り切っている。これは自分がどういう人間かを主張しているというより、「説明しても無駄だ」「好きに思えばいい」という諦観や干渉拒否に近い反応に見える。実際、この時点まで狛治の関心は『薬をどう持ち帰るか』『どうすれば捕まらないか』『どうすれば強くなれるか』に向いており、父親への感情を反芻するより目的達成の手段や条件へ意識が向いている。個人的には、Fi的な自己表現よりもTi的な問題解決や原因分析に意識が向いているように見える。あと鬼になってから一貫してるのが、「鍛え上げられたもの」への評価。猗窩座は人格ではなく、闘気・剣技・精神力・成長など、鍛え上げられたものを評価している。炭治郎のことも当初は「地面に転がっていたお前は圧倒的弱者、雑草でしかなかった」とまで言っていたのに、成長を確認したら「お前は弱くなかった。敬意を表する」まで評価を更新してる。その後も、「初めは弱者だから不快なのだと思っていた。しかし強くなっても尚不快感が消えない」と自分で仮説修正してるし、観察→検証→評価更新の流れがかなり目立つ。確かに炭治郎とのやり取りはFiっぽく見える場面だと思う。ただ個人的には、「弱者嫌い」も単純な価値観というより、最終的に「守る拳で人を殺した」、「親父の遺言も守れない」という自己批判へ収束している。身体的に弱い者への嫌悪というより、自分自身への怒りや喪失体験の名残のように見える。猗窩座が繰り返し反応しているのは「強さ」そのものというより、「老い」「衰え」「死」「失われること」だった。だから「強者好き」「弱者嫌い」というのも、父親や師範や恋雪を失った経験に由来する喪失への恐怖や未練が、強さへの執着として残ったものなんじゃないか。本来の狛治は、守りたい→強くなるだったのに、鬼化で目的を忘れて強くなるという手段だけが残り、手段が目的になった。かなり情は深いと思うが、回想も含めて見ると、一貫しているのは感情そのものじゃなくて・感情を行動へ変換する・まず原因や手段を考える・鍛え上げられたものを評価する・観察して評価を更新するという処理パターン。感情が強いこととFi主機能であることは別だと思う。だから自分はISFPよりISTPの方がしっくり来るかな。
猗窩座に対して異論があります。「強い奴と戦いたい」「弱い奴が嫌いだ」「弱い奴は卑怯な方法でしか勝てない」「お前は強い奴だ」というのは思考から来るものではなく明らかに感情から来るものなのでISFPにすることをオススメします。
上に書かれてる根拠は大雑把すぎるが、猗窩座ISFPは普通にあり得る気がする過去コメで候補にすら挙がってなさそうなのが不思議だ強者が好き、弱者が嫌い、弱者が虐げられるのは当たり前などと言うが実際は客観的に自分より強く組織での立場も上の童磨や黒死牟を素直に敬うでもなく敵愾心を顕にする炭治郎に「お前だって赤ん坊の頃は弱かったはず」みたいにちゃんと理屈で言い換えされてるのにイマイチ反論できず苛立ちのままに戦闘つまりそれらしい理屈を言うがTiという割に大して一貫しておらずむしろ劣Te的な態度?その強者は素晴らしい弱者は嫌いというのも鬼になる前の強い感情がそのまま内面化してるだけでFiっぽい?
経験上の傾向を分析した結果がこの価値観のように見えるので一概にFiだとは言えないと思います。でもTeが低そうなのは同意です。ただ赤ん坊の頃という弱くても仕方ない、物心すらない頃だからどうしようもない時期を根拠に反論されたら誰でもそういうことを言ってるんじゃない!とイラつくような気分に誰でもなりそう。
その赤ん坊云々のやり取り「それは今関係ないだろ!屁理屈を言うな!」的な怒り方なら、確かに議論が成り立たずに怒ってるってことで割りとすんなりTiなんだが実際は炭治郎の言ってることがまるっきり慶蔵と同じで、人間の記憶が呼び起こされたから急にキレ始めてる昔は猗窩座も信じていた価値観を炭治郎に言い当てられて、それが今の自分と矛盾している要するに図星だからキレているで、結局「俺はこいつを生理的に受けつけない」「こいつは強くなっても不快感が消えない」と、もはや何がどう不快なのか説明不能で、感情に任せて炭治郎を倒しにかかるって考えると正直少なくともこのシーンはもう完全に論理を超えた価値観が基準ってことで、Tiと読む要素すらないと思うすると煉獄を倒した後に炭治郎に「逃げるな卑怯者」と罵倒された時の反応とか「俺はお前らから逃げてるんじゃない!太陽から逃げてるんだ!」と一応理屈で言い返すのはTiっぽくも見えていたが別に他のタイプでも、それこそ劣Te起因でも考える程度の話にも見えるし理屈では勝ったと言ってる割に目をかっぴらいてブチ切れてるのも、自己像の矛盾を突かれたFi優先の反応?と思えてくる本当は人間の記憶で最も嫌悪してる「卑怯者」って言葉を投げかけられたからキレてるわけだし
好き嫌いが経験から来るのはタイプ関係なく当たり前で、本人の中でどう処理してどう語るかTiなら例えば「弱者は社会のお荷物だから不要だ」とか「弱者が虐げられるのは仕方ないことだ」とか言いそうだしFiなら「とにかく弱者は醜い」とか「俺は弱者でありたくない」とか言いそう猗窩座がややこしいのはなぜかこれを微妙にどっちも言ってるから「そう 弱者には虫唾が走る 反吐が出る 淘汰されるのは自然の摂理に他ならない」俺の印象としては「虫酸が走る」とFi起因で思ったことについて下位のTeが「自然の摂理」とか雑に説明付けてるように見えるが、まぁTiを決定的に否定することもないかなと思う
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考察全く関係ないお気持ちコメントですが失礼いたします。義勇さんの有力説候補を独断で除外、変更などの行為をするのはできればやめて欲しいです。義勇さんのみに限った話ではありませんが、特に顕著に見られるのでお名前を出させて頂きました。実際それはとても失礼な行為だと思います。私はINFJ説を出させて頂いている者ですが、他説も非常に説得力のある論理から導き出された説だと存じております。性格分析の知識だけでなく作品、またはキャラへの強い熱量がないとここまでのことは話せません。ですので私たちの意見を全て見通して、有力候補の入れ替えなどを行って頂きたいです。もしミスやバグなどでしたら申し訳ございません。どうかこの説が嫌いだからなどの私情を挟んだ判断ではないことを祈ります。長文失礼致しました。
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猗窩座はISTPのままでいいと思うけどな。
猗窩座にFi的な感情があるというのはまあ分かるが、だからといってFi主機能かといわれると違うと思う。
ISFPって意見はISFJ説とかに比べると理解は出来る。実際、猗窩座は父親や師範、恋雪への愛情も強いし、炭治郎に図星を突かれて感情的にもなってる。
ただ、重視したいのは感情の強さじゃなくて処理の仕方。
例えば恋雪に「どうして強くなりたいのですか?」と聞かれた時、猗窩座は「親父を助けたいから」とかじゃなくて「強くなければ持って帰って来られないからだ。親父に薬を」と答えてる。
ここで考えてるのは感情そのものじゃなくて、
親父が病気→薬が必要→薬を持って帰らなきゃいけない→そのためには強さが必要
っていう問題解決の流れ。
回想全体もそんな感じで、
父親への愛情→薬を持ち帰る
恋雪への愛情→強くなって一生守る
みたいに感情がまず行動に変換される。
看病の場面でも、狛治は「一番苦しいのは本人のはずなのに」と病人への共感を示している。でも恋雪が泣くと「病床で気が滅入っているのだろうか。泣かれるとどうにも居心地悪くなる」とまず原因を考えている。病気や看病といった具体的問題には自然に対応できる一方で、感情表現そのものには戸惑いを見せる。
「鬼子だ」と罵られた時も、「違う」と自己弁護するのではなく、「何とでも言ってろ」「そうだ俺は鬼子だ」と割り切っている。これは自分がどういう人間かを主張しているというより、「説明しても無駄だ」「好きに思えばいい」という諦観や干渉拒否に近い反応に見える。実際、この時点まで狛治の関心は『薬をどう持ち帰るか』『どうすれば捕まらないか』『どうすれば強くなれるか』に向いており、父親への感情を反芻するより目的達成の手段や条件へ意識が向いている。個人的には、Fi的な自己表現よりもTi的な問題解決や原因分析に意識が向いているように見える。
あと鬼になってから一貫してるのが、「鍛え上げられたもの」への評価。
猗窩座は人格ではなく、闘気・剣技・精神力・成長など、鍛え上げられたものを評価している。炭治郎のことも当初は「地面に転がっていたお前は圧倒的弱者、雑草でしかなかった」とまで言っていたのに、成長を確認したら「お前は弱くなかった。敬意を表する」まで評価を更新してる。その後も、「初めは弱者だから不快なのだと思っていた。しかし強くなっても尚不快感が消えない」と自分で仮説修正してるし、観察→検証→評価更新の流れがかなり目立つ。
確かに炭治郎とのやり取りはFiっぽく見える場面だと思う。
ただ個人的には、「弱者嫌い」も単純な価値観というより、最終的に「守る拳で人を殺した」、「親父の遺言も守れない」という自己批判へ収束している。身体的に弱い者への嫌悪というより、自分自身への怒りや喪失体験の名残のように見える。猗窩座が繰り返し反応しているのは「強さ」そのものというより、「老い」「衰え」「死」「失われること」だった。
だから「強者好き」「弱者嫌い」というのも、父親や師範や恋雪を失った経験に由来する喪失への恐怖や未練が、強さへの執着として残ったものなんじゃないか。
本来の狛治は、守りたい→強くなるだったのに、鬼化で目的を忘れて強くなるという手段だけが残り、手段が目的になった。
かなり情は深いと思うが、回想も含めて見ると、一貫しているのは感情そのものじゃなくて
・感情を行動へ変換する
・まず原因や手段を考える
・鍛え上げられたものを評価する
・観察して評価を更新する
という処理パターン。
感情が強いこととFi主機能であることは別だと思う。
だから自分はISFPよりISTPの方がしっくり来るかな。
猗窩座に対して異論があります。
「強い奴と戦いたい」「弱い奴が嫌いだ」「弱い奴は卑怯な方法でしか勝てない」「お前は強い奴だ」というのは思考から来るものではなく明らかに感情から来るものなのでISFPにすることをオススメします。
上に書かれてる根拠は大雑把すぎるが、猗窩座ISFPは普通にあり得る気がする
過去コメで候補にすら挙がってなさそうなのが不思議だ
強者が好き、弱者が嫌い、弱者が虐げられるのは当たり前などと言うが
実際は客観的に自分より強く組織での立場も上の童磨や黒死牟を素直に敬うでもなく敵愾心を顕にする
炭治郎に「お前だって赤ん坊の頃は弱かったはず」みたいにちゃんと理屈で言い換えされてるのにイマイチ反論できず苛立ちのままに戦闘
つまりそれらしい理屈を言うがTiという割に大して一貫しておらずむしろ劣Te的な態度?
その強者は素晴らしい弱者は嫌いというのも鬼になる前の強い感情がそのまま内面化してるだけでFiっぽい?
経験上の傾向を分析した結果がこの価値観のように見えるので一概にFiだとは言えないと思います。
でもTeが低そうなのは同意です。
ただ赤ん坊の頃という弱くても仕方ない、物心すらない頃だからどうしようもない時期を根拠に反論されたら誰でもそういうことを言ってるんじゃない!とイラつくような気分に誰でもなりそう。
その赤ん坊云々のやり取り
「それは今関係ないだろ!屁理屈を言うな!」的な怒り方なら、確かに議論が成り立たずに怒ってるってことで割りとすんなりTiなんだが
実際は炭治郎の言ってることがまるっきり慶蔵と同じで、人間の記憶が呼び起こされたから急にキレ始めてる
昔は猗窩座も信じていた価値観を炭治郎に言い当てられて、それが今の自分と矛盾している
要するに図星だからキレている
で、結局
「俺はこいつを生理的に受けつけない」
「こいつは強くなっても不快感が消えない」
と、もはや何がどう不快なのか説明不能で、感情に任せて炭治郎を倒しにかかる
って考えると
正直少なくともこのシーンはもう完全に論理を超えた価値観が基準ってことで、Tiと読む要素すらないと思う
すると煉獄を倒した後に炭治郎に「逃げるな卑怯者」と罵倒された時の反応とか
「俺はお前らから逃げてるんじゃない!太陽から逃げてるんだ!」と一応理屈で言い返すのはTiっぽくも見えていたが
別に他のタイプでも、それこそ劣Te起因でも考える程度の話にも見えるし
理屈では勝ったと言ってる割に目をかっぴらいてブチ切れてるのも、自己像の矛盾を突かれたFi優先の反応?と思えてくる
本当は人間の記憶で最も嫌悪してる「卑怯者」って言葉を投げかけられたからキレてるわけだし
好き嫌いが経験から来るのはタイプ関係なく当たり前で、本人の中でどう処理してどう語るか
Tiなら例えば「弱者は社会のお荷物だから不要だ」とか「弱者が虐げられるのは仕方ないことだ」とか言いそうだし
Fiなら「とにかく弱者は醜い」とか「俺は弱者でありたくない」とか言いそう
猗窩座がややこしいのはなぜかこれを微妙にどっちも言ってるから
「そう 弱者には虫唾が走る 反吐が出る 淘汰されるのは自然の摂理に他ならない」
俺の印象としては「虫酸が走る」とFi起因で思ったことについて下位のTeが「自然の摂理」とか雑に説明付けてるように見えるが、
まぁTiを決定的に否定することもないかなと思う
義勇INFJが消される前の状態に戻しました
ISTJもお願いします
考察全く関係ないお気持ちコメントですが失礼いたします。
義勇さんの有力説候補を独断で除外、変更などの行為をするのはできればやめて欲しいです。
義勇さんのみに限った話ではありませんが、特に顕著に見られるのでお名前を出させて頂きました。
実際それはとても失礼な行為だと思います。
私はINFJ説を出させて頂いている者ですが、他説も非常に説得力のある論理から導き出された説だと存じております。
性格分析の知識だけでなく作品、またはキャラへの強い熱量がないとここまでのことは話せません。
ですので私たちの意見を全て見通して、有力候補の入れ替えなどを行って頂きたいです。
もしミスやバグなどでしたら申し訳ございません。
どうかこの説が嫌いだからなどの私情を挟んだ判断ではないことを祈ります。
長文失礼致しました。
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